〜 料理の腕前 〜
「さあ、始めましょう!」
元気よく開始の声を上げたグミは、マドレーヌに向かって微笑んだ。
ここ最近、マドレーヌが料理の腕を磨きたがっているという噂が城内広まっていた。
そこでグミは、自分が手ほどきをして差し上げようと思っていたのだが、
姫様本人が「高すぎる目標は自分のためにならない」と言ってグミから教わる事を断っていた。
…というのに、どういう訳か今回教えて欲しいと言い出してきたのだ。
理由を尋ねてみると、 一 応 様々な人に料理を教わろうとはしたそうだが…。
☆パターンその1
「アイスさんって肉を切るとき、必ず爆笑するのよね」
☆パターンその2
「カステラさん、毎回隠し味を入れるの。それ何?って聞いても、秘密…としか答えてくれなくて」
その結果、
「やっぱり普通が一番よね!」
満足げにグミに向かって答えるマドレーヌ。
本人には悪気が無いのだろうが、グミは宮廷調理師免許や栄養士免許。
数々の技術を持つのに『普通』と称されて、地味に傷つくのであった。
――――――――――――――――――――
「これだから舌の肥えた奴は…」
「グミさん何かおっしゃいまして?」
〜 続・料理の腕前 〜
調理場に、二人の長髪が座らされていた。
腕組をしたグミが目前の二人を見下ろし、重い溜め息を吐きだす。
「…姫から聞きましたよ。 貴女達が姫様にお料理を教えるという姿勢は良いですが、
どうして!妙なトラウマを!植えつける事!してるんですかー!!」
効果音をつけるとしたらピシャーン!が付くだろう。
そして背後に鬼が居てもおかしくないグミの剣幕。
だが、私たち変な事したっけ?と当事者二人はポカンと顔を見合わせる。
「…大体ですね、アイスさん。 肉を切る時に爆笑するって、何なんですか!?」
ん?と片眉を上げて、惚けたようにグミを見返す長髪その1。 いや、実際分かっていないのだろうが…。
本人が気付かないようなので、隣にいたカステラが軽く耳打ちをする。
「あ、ああーそのことか。 何でだろうね、肉を見てたら不思議と笑いが込み上げて来てさー」
訓練学校時代からなんだけど、野外演習の時に毎回「お前は肉に触るな」って同僚に言われたっけ。
そう笑いながら答え、最後にテヘッ☆っと可愛く星を飛ばしてみるが、グミの形相が悪くなる一方である。
「治せないんですかその癖」
「冷静になれば治りマス」
…ということは、普段から気が抜けっぱなし状態ということかコノヤロー。
マドレーヌ姫がいつも「真面目に仕事しろ」とアイスにボヤいているのだが、
その理由はこういう事かもしれない。
「アイスさんの悪い原因は、料理をするにしても仕事をするにしても、
緊 張 感 が ゼ ロ だということ! 以上、次!」
仕事とは関係ないと反論が返ってくるが無視無視。
次は、こいつの隣で大人しく聞いていた長髪その2、カステラに矛先を向けた。
傍に近寄って、低い声で尋ねる。
「…持ってるもん出せやコラ?」
すっと手のひらを前へ突き出す。 ヤンキーですか貴女。
「あ、あのーグミさん、言葉遣いがちょっと変わって」
アイスがおずおずと手を上げ述べるが、物凄い眼光を向けられ即座に手を引っ込める。
その間カステラがゴソゴソと服のあちこちから小瓶を取り出した。
「…で? それ一体、材料は何?」
「聞かないほうがいい」
調理場に沈黙が流れた。
「か、体には害はないのよね?」
それだけは確認しておきたいのよ! グミは勇気を出して尋ねるが
「体には…ね」
ふふふ、という笑い声のオプション付き。
粉を見て、カステラを見て、グミは今の発言を意味を思案する。
うーんうーん、と唸っていると、アイスが楽しそうに話に割り込んできた。
「その粉凄いんだって!料理にかけると、何でも美味しくなるからねー」
何でも美味しくなる?
「…オイ、カステラ。 つまりそれは人間の味覚に作用する代物だな」
「別名 味の素」
イエーイ!と長髪組がパシンと頭上で手を合わせている。
なに意気投合してんだお前ら…!
「わかりました、わかりました!」
パンパンと手を叩いて注目を集める。
まともな奴等じゃないと分かっていたが、ここまでヒドイとなると…
声が自然と呆れた声になっていた。
「今日から私が、貴女方に『普通』の料理の仕方をお教えします」
その発言にブーイングの声が聞こえるが全力で無視。
にっこり、いつもの笑顔に戻して好意的に話した。
「姫様に教えると同時に、二人の面倒も見てあげますからね」
「えぇー」
「ブヒー」
「誰だ今豚マネした奴…」
「「包丁置いてくださいグミさん」」
〜 闇夜の中で 〜
誰もが眠りについた夜。
辺りは闇に包まれ、暗く、暗く。 ただ、とても静かな夜だった。
そこに月明かりがひっそりと照らし始める。
雲から微かに覗いた光は、まるで、そこに居る者のためのスポットライトのように、
静かに、静かに、照らしていた。
「きれいな月夜だと思いません?」
月明かりの下で声を発したのは一つの影。
そして影が声を掛けた先は闇。
…闇の中にはもう一つの影の姿があった。
「そこに居るのは分かってます」
しかし、影は全く反応しない。
それでも彼女は話し続けた。
「わたくしは、あのお方を愛しています。 それは絶対に、誰にも負けません」
やはり影は動かなかった。
静かに発した言葉が段々と大きくなる。
本人は抑えたつもりだったが、無意識に声を荒げていた。
「愛だけではありません!わたくしにはヘレネス王国の王女としての地位もある。
到底、あなたが手にすることの出来ない権力も!」
その言葉に反応したのか、ついに影が闇の中で動き出した。
ゆっくり、ゆっくりと。
「ホワイティ様を諦めてくれるつもりは…無いようね」
とうとう影が闇から抜け出し姿を現した。
そして睨むかのように、すっとマドレーヌを見据える。
「同じ殿方を好きになった者同士、仲良くできるかと思いましたが…残念です」
お互いにじっと目だけで射抜きあう。
睨み合いがしばらく続くと、
今まで黙っていた相手が、ついに口を開いた。
「ニャー」
「猫チクショウのぶんざいで!!」
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「…アイス、大臣としてオレはどうすれば良いだろうか」
「…とりあえずツッコミ入れる?」