ヘレネス城の地下室には所狭しと荷物があふれていた。

原因はもちろん城の主だが、ガラクタでも本人は価値がある!…と言い張っているので、
優しい臣下たちはしぶしぶ保管してくれていた。

それに便乗しマドレーヌ姫も色々と物を溜め込む有様で、
地下室の掃除は城中で一番大変だとメイドたちに嫌われる場所になっていた。

物置と化した所には誰も近づこうとせず、辛うじて月に一度、メイドが掃除するのに訪れる程度。


そして本日、メイドであるグミとカステラが当番。


短い髪を四方に跳ねさせ、ミニスカートを匠に着こなすメイド長グミと
物静かを通り越して怪しい雰囲気を醸し出すカステラ

この二人はマドレーヌ姫と幼い頃からの知り合いで、その縁でここで働いている。

働くことを希望したのは姫からの誘いではなく、単に彼女達がマドレーヌを慕っているからだが…
そんなことは、口が裂けようが銃撃されようが、二人とも絶対に言わないだろうけど。







「あ、これカワイイ!」


地下室へ来て早々、グミは楽しそうにお宝を物色し始めた。

もちろんマドレーヌ姫の荷物置き場からで、すでに愛用のモップは入り口に放置されている。

グミが眺める棚には女の子にとって興味をそそられる品々が並んでいた。
綺麗に整頓された棚はすぐに目的の物を取り出せるようキチンと並べられている。

ゆっくりと品定めするように手前の棚から順に眺めていた。



 アンティークなティーセット


 色彩が鮮やかな花瓶


 日本人形


 フィギュア…


 同人誌…




奥に行くにつれ、姫のマニアックさが浮き出た次点でグミは足を止める。
…姫にだってプライバシーがあるもんね。


妙な気遣いをしているグミを他所に、隣には無駄のないモップ裁きで床を掃除するカステラが居た。

彼女はあまりお宝には興味がないようで。
というより、さっさと終わらせて帰りてー!というのが本音である。
横目でグミを見ながら黙々と掃除を進めていた。

そんなカステラのジト目を気付かないフリをするグミは、一つの可愛らしいティーポットを発見する。
発見の喜びをデレレレーン!などと口で効果音の言いつつ、素早くチェック開始。

姫の物にしては珍しいシンプルな柄。 ワンポイントの花がなんとも可愛らしい。
古くても何処も欠けてないし。 …いいもの発見☆


「決めた!」

「何を決めたのかしら?グミさん」


突然の声にグミの背筋がピンッと整う。 予想外の声が真後ろから返ってきたもんで。

舌打ちしたいのを堪え、ゆっくり溜め息を吐き出した。
声の主は聞き間違えるはずのない姫の声だったから。

グミは宙に持ち上げたティーポットをスッと元の場所に戻し、急ごしらえの笑顔で振り向いた。


「これはこれは姫様!ご機嫌うるわしく…」

「ハイハイ、白々しい。 サボってないでカステラさんを見習いなさいよ」


予想とは違い、姫は怒ってはいなかった。 …それよりも、少し離れた所でプッと笑い声が聞こえたのがムカツク。

陰で笑っていた本人も手を休め、マドレーヌの下へやってきた。


「姫、何故こんな所に来たんですか」


こんなホコリっぽくて汚くて場所に。 綺麗な装いの姫には地下室は全く似つかない。
そんな最もな質問にマドレーヌは大きな驚き声を上げた。


「アイスさんから聞いたの! アケメネスって国でお見合い祭りがあるって本当!?」


マドレーヌはここに来る途中、いつのまにか〈パーティー〉を〈祭り〉へと脳内変換していた。
グミはあえて訂正せずに答える。


「確かに開催されますけど…」


その返事を聞いて、マドレーヌは危ない微笑みを見せた。
それはもう、こいつ行く気マンマンだ…!! そう二人が直感出来る笑み。


「前にお見合いなんて邪道よ、って言ってませんでしたか?」

「それは親が勝手に決めた相手だったからよ。 …でも今回は集団お見合いなのよ、相手を選び放題でしょ!?」


…そんなホストクラブのようなパーティーであるはず無いのだが、どうも姫にとっては同じ感覚のようだ。


「イケメン捕まえてくるわね☆」


そう爽やかに言い残し、姫は地下室の奥へと消えていった。
文字通り、奥は行き止まりのはずだがすでに姫の気配がない。

突然現れては消える姫さま。 こんな国でいいのかとグミは少し心配になる。


マドレーヌが使用している隠し通路は、確実にカステラが用意したものだ。
彼女は王の勅命で城の管理を任されている。

メイド長だから知らされているカステラについての素性だが、
いざ、堂々と城の隠し通路を使わせている様子を見ると、カステラが本当に信用できるかどうか不安になってきた。
そんな疑いを持ちつつ、使わせて大丈夫なのか尋ねると


「別に、便利だから使えばいいじゃん」


あまりにも素っ気無い答え。

確かにそうだけど…
安全面とかどうなの? 危ない道じゃないの? というか、どうやって造るの!?

と、色々と疑問に思うことが出てくるのだが…


「んー、まいっか」


難しいことは簡単に考えるのを諦めてしまうグミ。

そしてたった今、ヘレネス王国の常識が狂い始める瞬間だったり
何事も深く気にしない、気にならないのがヘレネス王国のモットーである。


そんなことよりも、アケメネスに向かった姫がどうなるか考える方が楽しい。


「姫ってどんなタイプの人が好きなんだろ。 ねね、カステラさんは気にならない? 王族同士のお見合いよ…!」

「アンタも姫についていけば?」

「余計なお世話です」


不敵な笑みを残しながら、カステラは先ほど掃除をしていた所へと戻っていった。


そしてグミも何事も無かったかのように、再びお宝を物色し始めた。







***







所変わって、ヘレネスの城門前




アケメネス王国へ行く気マンマンのマドレーヌが身支度を整え、勇ましく仁王立ちしていた。

しかし、出で立ちに似合わず外出の為の移動手段を用意できずにいる。

馬車を手配するのは時間がかかるし、早く行かないと間に合わない。


「ってかアケメネスって何処!?」


色々と問題を抱えたマドレーヌが叫びながら突っ立っている。

そんな姫の様子を、近くに居たメイド達が心配そうに見守っていた。
アケメネスとういう単語が聞こえた時点で色々と察することが出来たのだろう。
何か良い案はないか、仕事をしながらも考えてくれてる優しいメイドさんたちだった。


…そんな姫やメイドたちの願いが通じたのか


運よく、一頭の馬がパカパカとやって来た。

通り過ぎた馬の後姿には、しっぽが揺れている。 …おまけに、乗馬している人の頭にもしっぽが付いている。


その見慣れた後姿に気が付いたマドレーヌは呼び止めようと口を開く

が、それよりも先に相手が振り向き、声を掛けてきた。



「へへー、いいでしょ姫」



馬上のアイツがニヤニヤ笑いながら挑発してきやがった。

明らかな移動手段が無くて困ってるのを見計らっての嫌がらせ。

マドレーヌは当然の如く銃を抜き、馬のケツに向けてためらいなく発砲した。


パシッと小さな音が鳴る


と同時に


馬が暴れる音、誰かが落馬する音…。


そして生々しい悲鳴
が聞こえるが姫は全くの知らんぷり


俯きながらこっそり肩を震わせているだけだった。



その様子を始終見ていたギャラリーのメイドたちは、姫に対する無礼の結末を思い知った。

(絶対怒らせちゃいけない…!!)


―――ヘレネス王国・勤務マニュアルに一項目増えました




しばらくして騒ぎ声が止まり、馬を携えたアイス隊長が姫の下へやってきた。

怪我もせずに無事なのは、さすが近衛隊長というところ。


「あらあら、さっき部屋で会った時よりも汚れていませんか、アイスさん?」

「えぇえぇ、誰かさんの要らぬ攻撃で九死に一生スペシャルですよっ!」

「…アンタが自慢してくるからだっつーの!」


ちょっとした冗談なのにーとアイスがブーブー言っているが、マドレーヌは急いでいるので付き合ってられない。

乗せてくれるつもりがあるのならさっさと乗せなさい!と一喝をいれ二人は馬に乗り込んだ。









(09/3/24)